細胞のヒソヒソ話を漏らさず中継 ― ヘパラン硫酸と成長因子

Question1

ヒトの体を構成する細胞の数は約60兆個、という話を聞いたことがあります。これだけの数の細胞が新陳代謝を繰り返し、古い細胞が新しい細胞に置き換えられながら、人体という1つの「小宇宙」が維持されているのだと思いますが、その際、細胞増殖はどのようなメカニズムで調整されているのでしょうか?

Answer

細胞増殖制御のメカニズムは、組織、細胞種等により千差万別ですが、一般的には、成長因子と呼ばれる物質が関与していると考えられています。
 

成長因子は細胞分裂を調節するポリペプチドホルモンで、これまで、繊維芽細胞成長因子(FGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、神経成長因子(NGF)など、実に様々な因子が発見されています。例えば、第3回コラム「一番身近な活力の素」に登場したインスリンは、糖代謝の調整という機能以外に、実は、成長因子としての機能も持っています。インスリンの前駆体に類似した構造を持ち、強い細胞増殖活性があるインスリン様成長因子も発見されています。
 

このように、一言で成長因子といっても多種多様な物質が存在し、機能的にもバラエティに富んでいるのですが、この中には、糖鎖によって活性が調整されているものがあります。ヘパリン結合性成長因子と総称される一群の物質です。
 

ヘパリン結合性成長因子は、哺乳類の細胞表面に広く存在するヘパラン硫酸や、その仲間であるヘパリンと特異的に結合するという共通の性質を持ち、それにより、「ヘパリン結合性」という名称が冠せられました。先に挙げた成長因子でいえば、繊維芽細胞成長因子、肝細胞成長因子、血小板由来成長因子がヘパリン結合性成長因子に分類されます。そして、ヘパラン硫酸は、コンドロイチン硫酸と異なり、硫酸基が、糖鎖全体で不均一に分布していることが知られています。硫酸基が局所的に密集した部分は強いマイナス電荷を帯び、独特な構造が形成され、その部分がヘパリン結合性成長因子と相互作用して、成長因子の活性に影響を与えるのです。

Question2

ヘパラン硫酸は、ヘパリン結合性成長因子の活性を具体的にどうやって調整しているのでしょうか?

Answer

最も研究が進んでいるテーマの1つであるFGF-2(繊維芽細胞成長因子)を例に挙げて説明しましょう。

FGF-2が作用する過程では、最初に、細胞表面にあるFGFレセプターに結合する必要があります。FGF-2を「信号」にたとえるならば、FGFレセプターはその信号を細胞内に伝達する一種の「アンテナ」ととらえられるでしょう(第2回コラムで「鍵と鍵穴」のたとえ話を出しましたが、両者が結合する際には結合部位の形が重要です)

ところが、FGF-2が単独で存在する場合、実は、その「信号」を「アンテナ」で感度よくとらえることができないうえ、タンパク質分解酵素によって容易に分解されてしまいます。ここで重要な役割を果たしているのが、細胞表面にあるヘパラン硫酸です。FGF-2はヘパラン硫酸と結合すると、その構造が変化し、FGFレセプターと結合しやすくなります。また、タンパク質分解酵素による攻撃から保護されるようになり、組織内をむやみに拡散することなく、細胞外マトリックスに貯留されるようになるのです。言い換えれば、ヘパラン硫酸はFGF-2の「保護者」であり、その可能性を十分に引き出す「コーチ」のような存在であるものです。

また、これまでに発見された事実から、ヘパラン硫酸はFGFレセプター側とも相互作用していると考えられています。FGFレセプターも、単にFGF-2と結合するだけでは、その信号を細胞内に伝達することができません。2つのFGFレセプターが一体化して、初めて有効に機能することが知られており、それを促進するのがヘパラン硫酸であると推測されているのです。ヘパラン硫酸がFGFレセプターとどのように相互作用しているかに関する最終的な結論は、まだ得られていません。しかし、FGF-2がFGFレセプターに結合し、その信号を細胞内に伝達する過程で、ヘパラン硫酸が重要な役割を果たしていることは間違いないでしょう。

▲ ヘパリン・ヘパラン硫酸の生合成
細胞増殖の制御は、生命現象の根幹にかかわる事象のひとつです。非常に複雑なプロセスで、現時点では未解決の部分が少なくないのですが、今後糖鎖の機能解明が進むにつれ、そのグランドデザインが明らかになるかもしれません。

(Glycoforum Webサイトから転載)

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ヘパリン・ヘパラン硫酸糖鎖のメッセージの解説 
『Glycoforum』のコンテンツである「GlycoWorld」では、糖質科学研究のキーワードをジャンル別に分類し、その分野における専門の研究者が解説しています。
プロテオグリカンについて
成長因子とヘパラン硫酸
 

【参考文献】

柳下正樹:「細胞増殖を制御するプロテオグリカン」, 『糖鎖生物学―糖鎖情報発信から受信のメカニズムまで』, 共立出版(2002).

渡辺秀人, 木全弘治:「プロテオグリカンの多様な構造と機能」, 『わかる実験医学シリーズポストゲノム時代の糖鎖生物学がわかる』, 羊土社,(2002).