健康な体を支える裏方 ― コンドロイチン硫酸

Question1

テレビなどで「コンドロイチン硫酸」という言葉をよく耳にします。軟骨との関連があるそうですが、軟骨とコンドロイチン硫酸はどういう関係にあるのでしょうか?

Answer

コンドロイチン硫酸は、生物種を超えて広く動物体内に存在し、特に軟骨に豊富に含まれています。今から約150年前に軟骨から単離・発見され、これに因んで「コンドロイチン」(「軟骨」を意味するギリシャ語由来の言葉)と命名されました。

コンドロイチン硫酸はプロテオグリカンに属し、D-グルクロン酸とN-アセチル-D-ガラクトサミンの2糖が反復する糖鎖に、硫酸が結合した構造をしています。前回紹介したヒアルロン酸と同様に、高い保水能力を持っている点が大きな特徴です。コンドロイチン硫酸はヒアルロン酸と異なり、タンパク質と結合した状態、すなわち、プロテオグリカンという構造で存在します。軟骨以外に、骨、靭帯、角膜、脳、血管、皮膚など多くの組織に存在します。

コンドロイチン硫酸は、水分調節以外にも数多くの生理的機能を持つことが知られていますが、その代表例として、関節軟骨に弾性を与え、ヒアルロン酸などと共同しながら関節の動きを滑らかにすることが挙げられます。関節は、関節嚢と呼ばれる「袋」が複数の骨の末端を包む構造をしており、「袋」の中は、滑液という名の「潤滑液」で満たされています。この潤滑液にはヒアルロン酸が含まれています。骨は軟骨という組織で末端を覆われ、骨同士が直接接触することはありません。つまり、関節が動くときに触れ合っているのは滑液を間にはさんだ軟骨同士であり、骨同士が直接触れ合わないために、関節を滑らかに動かすことができるわけです。そして、その機能の物質的な基盤となっているのが、軟骨に多く含まれているヒアルロン酸およびコンドロイチン硫酸です。

コンドロイチン硫酸も、ヒアルロン酸同様、加齢とともに減少していくと報告する論文があります。コンドロイチン硫酸が減少すると、例えば関節では軟骨の弾性が失われ、最悪の場合、軟骨がすり減って骨同士が直接接触するようになってしまいます。このような病態が、いわゆる変形性関節症です。もちろん、コンドロイチン硫酸の減少だけが関節症の原因というわけではありませんが、コンドロイチン硫酸が変形性関節症に密接に関連していることは間違いありません。

▲ C.elegansのコンドロイチンの免疫蛍光染色
C.elegans生殖巣部分の微分干渉像(左)と対応するコンドロイチン特異的モノクローナル抗体を用いた免疫蛍光染色像(右)。硫酸化されていないコンドロイチンはC.elegansの主要なGAGであり、卵母細胞、子宮、貯精嚢、初期胚などに大量に存在する。

(出典)
水口惣平, 野村和子, 出嶋克史, 安藤恵子, 三谷昌平, 宇山徹, 北川裕之, 菅原一幸, 野村一也: 「線虫の細胞分裂を制御する糖鎖コンドロイチン」, 『蛋白質核酸酵素』, Vol.49, No.2(2004).

Question2

コンドロイチン硫酸には、これ以外にどのような生理的機能があるのでしょうか?

Answer

損傷を受けた組織の修復作用、骨の形成を助ける作用などがあることも知られています。コンドロイチン硫酸は、これまで一般の人々の間にほとんど知られていませんでしたが、その遍在性ゆえに、生命活動の維持には必須の存在ということができるわけです。

実際、近年になって、コンドロイチン硫酸が生命現象の根幹にも深くかかわっていることを示す論文が多数発表されています。ここでは、初期発生との因果関係が見いだされた例を1つ挙げて、コンドロイチン硫酸の新しい「顔」について説明しましょう。

生物学では、線虫と呼ばれる動物がしばしば実験材料として使われています。線虫は、1998年世界で初めて全ゲノムが解読された動物で、全遺伝子の約40%は哺乳類と類似していることが明らかになっています。また、どの細胞がどの細胞に由来して生じるか、といった系譜が明らかになっている唯一の動物でもあり、古くから初期発生の研究に使われてきました。そして、この線虫の初期発生にコンドロイチン(コンドロイチン硫酸から硫酸基をはずした構造を有している)の生合成が不可欠であると報告する論文が、近年相次いで発表されているのです。例えば、その中の1つでは、コンドロイチンの合成に関与している酵素の発現を初期発生時に阻害すると、細胞質分裂の異常が起こり、最終的には発生が停止してしまうこと、細胞質分裂の異常の程度がコンドロイチンの発現量と相関性があることを報告しています。すなわち、コンドロイチンが、初期発生を正常に進めるうえで重要な役割を果たしている可能性が高まってきたことを意味しているわけです。

コンドロイチン硫酸の新しい「顔」が今後さらに発見され、コンドロイチン硫酸に対する見方が完全に塗り替えられる日が、近い将来訪れるかもしれません。

Advanced Information

【参考文献】

岩瀬仁勇, 大西正健, 木曽真, 平林義雄, 山本憲二: 『糖鎖の科学入門』, 培風館(1994).

S. MIZUGUCHI, T. UYAMA, H. KITAGAWA, K. H. NOMURA, K. DEJIMA, K. G. ANDO, S. MITANI, K. SUGAHARA & K. NOMURA: Chondroitin proteoglycans are involved in cell division of Caenorhabditis elegans. Nature 423, 443 - 448 (2003).