最近、食品のCMやパッケージで「糖質」という言葉をよく見かけるようになりました。
高校の教科書では「炭水化物」という言葉しか出てこなかったと記憶していますが、どう違うのでしょうか?
一般的には同じ意味ですが、区別して使われる場合もあります。
糖質は炭素と水からできる化合物の総称で、その組成式は一般的にCm(H2O)nと表現できます。地球上にある有機化合物の中で最も多量に存在し、「『炭(素)』と『水』の『化(合)物』」だから「炭水化物」ともいわれるのですが、「日本食品標準成分表」(旧科学技術庁資源調査会)では、体内で消化吸収されるかどうかにより、炭水化物を糖質(消化吸収される)と食物繊維(消化吸収されない)に分類しています。食品のCMやパッケージで「糖質」という言葉が好んで使われるのは、食物繊維と意識的に区別したいため──つまり、体内でエネルギーになる(消化吸収される)物質に限定したいためです。
さらに話をややこしくしているのは、糖質をこのように定義することが厳密に言えば正しくないことです。糖質は一般的に、分子の大きさによって、単糖、オリゴ糖、多糖に分類されます。しかし、科学の世界では現在、タンパク質や脂質が糖に結合し、必ずしもはじめにお話しした組成式に当てはまらない化合物も糖質に含めて考えるようになっているのです。このような化合物は厳密には「複合糖質」と呼ばれ、「糖」と区別されます。「糖質」と「糖」はイコールではないことに注意してください。
「糖質」「炭水化物」の具体的な意味についてはよくわかりました。では、糖質は生体内でどのような役割を果たしているのでしょうか?
糖質の役割といったとき、最もよく知られているのが、エネルギー源としての糖質でしょう。
例えば、米、ジャガイモにはデンプンが、牛乳には乳糖が、さとうきびには砂糖が含まれており、これらはすべて、口、胃、小腸で酵素によって分解され、最終的に単糖になります。詳しくは、第3回コラム「一番身近な活力の素」で、脳と砂糖の関係に焦点を絞って解説しますが、生体にとって糖質は、自動車におけるガソリンの役割に相当しているわけです。
糖質の2つめの役割として重要なのは、生体を保護する機能です。例えば、植物の細胞壁の主成分であるセルロースと昆虫の外骨格の主成分であるキチンが有名でしょう。脊椎動物の細胞外マトリックスにも、実はセルロースやキチンと同じ役割を果たすヒアルロン酸と呼ばれる物質が存在し、水分が過剰に失われないように細胞を保護しています。詳しくは、第4回コラム「多機能な細胞のプロテクター」で解説します。
さて、糖質の機能としてよく知られているのは、おおむねこの2点ではないでしょうか。しかし、実際には、話はこれだけで終わりません。
近年の研究成果の蓄積により、糖質を構成している糖(通常は複数の糖がつながっており、これを糖鎖と呼んでいます)は、細胞の種類を見分けるなど、生命現象の根幹にかかわる数々の重要な機能を果たしていることが明らかになってきたのです。糖の働きについてはこれ以降のコラムでトピックをいくつかご紹介しますが、ここでは病気との因果関係が見いだされた例を挙げて糖鎖の奥深さを説明します。それは皆さんもよくご存知の疾患、慢性関節リウマチです。
慢性関節リウマチは、実のところ、まだ明確な病因がわかっていません。その原因として様々な説が唱えられている中、一種の自己免疫疾患であるという説があります。この説によれば、慢性関節リウマチ患者の体内では、自分の抗体(この場合は免疫グロブリンG;IgG)に対する抗体(リウマチ因子と呼ばれています)が出現し、自己を攻撃していることになります。では、なぜ自分の抗体と結合する抗体が現れたのでしょうか。その秘密は、IgGを構成する糖鎖の異常にありました。
IgGは特定のアミノ酸に糖鎖が結合した糖タンパク質の一種として知られています。そして、慢性関節リウマチのIgG糖鎖では、末端にあるはずのガラクトースが別の糖に変異していることが著しく多いことが明らかになったのです。したがって、慢性関節リウマチ患者のIgGは異物と判断されてしまい、リウマチ因子が産生されます。慢性関節リウマチは、糖鎖の中のたった1箇所の糖の違いで引き起こされる病気かもしれないのです。
専門家の間ではしばしば「糖鎖は細胞の顔である」と言われます。細胞の表面は糖鎖で覆われていて、細胞の種類が違うと糖鎖のパターンも変わってくる──つまり、細胞の個性や多様性を生み出すために糖鎖が働いているからです。今では、発生、細胞の増殖、免疫、さらにはガンやウイルス感染など、実に様々な研究テーマで糖鎖が顔を出すことが知られています。生命現象のメカニズムといえば、私たちは遺伝子、タンパク質だけに目が奪われがちですが、今後、糖鎖の機能解明が進んでこそ、初めて生命現象の神秘をかいま見られると言えるのではないでしょうか。