多機能な細胞のプロテクター

Question1

化粧水、スキンクリーム、入浴剤、口紅、洗顔フォームなど、最近「肌の潤いを保つ」ことを謳い文句にしている化粧品や医薬部外品が、数多く出回っています。「潤いを保つ」主成分は何でしょうか?

Answer

脊椎動物の細胞外マトリックスに普遍的に存在する、ヒアルロン酸と呼ばれる物質です。

細胞外マトリックスは、細胞が分泌している物質で、細胞が正常に活動するための外部環境を提供しています。動物の体はそれぞれの種固有の形を持っており、ロボットとは対照的に、柔らかさ、しなやかさも兼ね備えています。こうした性質は細胞外マトリックスに由来し、さらにいえば、細胞外マトリックスに豊富に存在するヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸などのおかげと言っても過言ではありません(コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸に関しては、第5回コラム、第6回コラムで詳しく解説します)。そして、そのなかでもヒアルロン酸は、体内における水分の保持に重要な役割を担っており、その性質により「肌の潤いを保つ」ことを謳い文句にする化粧品や医薬部外品で広く利用されているのです。

ヒアルロン酸は、巨大な糖鎖のすき間に水分子が緻密に入り込めるため、水に溶かすとネバネバした状態になり、多量の水を保持できることがわかっています。陸上生物は、生体の周囲を空気で覆われていることから、常に乾燥という脅威に面しています。ヒトが、肌のはりを保ち、乾燥に打ち勝てるのはヒアルロン酸があればこそで、その意味でヒアルロン酸は細胞の防乾服という機能ももっている、と言うことができます。

ヒトの場合、皮膚、関節液、へその緒、目の硝子体に、特に高濃度のヒアルロン酸が含まれています。しかし、ヒアルロン酸は分解されるスピードが速く、その半減期は約2週間であることがわかっています。硝子体の細胞のように、ヒアルロン酸を合成している細胞もありますが、分解スピードが合成スピードを上回り、結局、成長とともにどんどん減少していきます。
 

▲ 3次元空間におけるヒアルロン酸のリボン構造のモデル。水色のボックスは溶液中におけるヒアルロン酸分子の広がりを示している。青と赤の交互のテープは疎水性(青)と親水(赤)のリボン構造を表す。(Glycoforum Webサイトから転載)

Question2

ヒアルロン酸の機能は、保水以外にもありますか?

Answer

ヒアルロン酸の機能の一つに、関節において軟骨と軟骨、あるいは軟骨と滑膜の間の滑りをよくし、関節に加わったショックを吸収するという働きがあります。

自動車のエンジンを想像してみてください。エンジンの焼き付きを防止する目的で、エンジンオイルという潤滑油が使われているでしょう。エンジンでは、ピストンがシリンダーの内部で高速に動いています。潤滑油は、滑りをよくし、焼き付きを防ぐために必須なのです。関節液や関節軟骨に含まれているヒアルロン酸もこれと同じで、関節組織(軟骨および滑膜)間の滑りをよくし、関節に加わったショックを吸収するという重要な役割を果たしています。関節が滑らかに動くのはヒアルロン酸のおかげ、と考えていただければよいでしょう。

こうしたヒアルロン酸の特性を生かし、ヒアルロン酸は、加齢で関節軟骨が変形してしまう疾患の治療薬に応用されています。また、粘ちょう性および粘弾性が高いという性質は細胞や組織を保護するうえで好都合なので、白内障手術や全層角膜移植術の補助剤としても使われています。意外と知られていませんが、糖に由来する医薬品の中で、ヒアルロン酸は日本の病院で最も使用頻度の高いものの1つです。

最近の研究で、ヒアルロン酸には、細胞が破壊されたり炎症が起こった時に、炎症を抑えたり、組織を修復する機能があることも判ってきました。

また、感染や受精、細胞分化、細胞移動、組織形態形成、創傷治癒など多岐にわたるヒアルロン酸の役割についての研究も進んでいます。

すでに医薬品として実用化されているヒアルロン酸ではありますが、今後その活用先として再生医療のような分野にも拡がっていくものと期待されています。

Advanced Information

Glycoforum
『Glycoforum』のコンテンツである「Hyalronan Today」では、ヒアルロン酸に関する最新動向と研究成果を紹介しています。
ヒアルロン酸:その構造と物性
 

【参考文献】

木全弘治:「ヒアルロン酸とは?その特性、合成機構、機能について」、ECME研究会、名古屋(1999.11.5.)

Longas M. O., et. al. : Evidence for structural changes in dermatan sulfate and hyaluronic acid with aging. Carbohydr. Res. 159, 127-136 (1987).